いざ認可保育園の申請にむけて・・・。1月中旬ころ、3度目の新規4月度保育所に向けて申請書を出した。去年の今頃はめちゃめちゃ気合が入っていて申請待ちにもかかわらず5番目での順番をいれ(先着順とかではないけど)、見るも無残に保留通知をもらいました。そのときも申請書にいろいろ書いた手紙(喘息もちのこととか〕をつけたにもかかわらず。 さて、いざその日を迎えました。前ほど緊張もしなく普通に渡せました。申請書自体はあらかじめ年末のうちに書いておいたし、どういうタイミングで話すかなども考えていました。税金関係の書類がすべて揃わなかったけれど、これは後に提出ということでOKでした。もちろん雇用証明書も渡しましたよ。なかには(というか自分の知っている人)偽の雇用証明書を親戚や知り合いに作ってもらい、保育所には入れても遊んでいる人もいます。はっきりいって軽蔑しますけどね。 この申請のとき、福祉保健センター(保健所みたいな感じ)の人と個別にいろいろとやり取りをして早くて5分くらいで終わります。 私は職場のこと、強迫性障害のこと、うつ病のことを話してなんと20分に以上もかかっていました。 この時に兄弟別々の場所になったらどうするかといわれ「今でも別々の場所なんだから、とにかくどこでもいいからいれてほしい。でも、通える範囲で」といいました。実際今まですっと別々の保育園に通っていたし、だからといってそんなに変わるのじゃないと思っていました。でも、絶対あやと同じ保育園にならなかったらと思うと怖くてたまりませんでした。なんといってもまなが通っている横浜保育室は3歳以上の受け入れがないので、卒園してもその先に認可保育園ががあるとは限らないのです。横浜市の保育所選考基準では横浜保育室の卒園児は優先して認可保育園に通えるということはありましたが、それも絶対ではなくあくまでも優先するということなのです。 もしまながまた保留の通知をもらうとまた保育園しかも無認可保育園探ししなくてはいけなくなります。私も、まなも負担が重くなります。だからこそ、これが最後の申請にしたかったわけです。自分の体力にも限界を感じ、でも今仕事をやめるとアヤは保育園を退所しなくてはならず、この先どうしてよいのやらわかりません。 申請後は仕事があったのでそのまま行きました。結果がくるのは2月末です。 この申請があってからほどなくして私の住んでいる地区担当の保健師さんから連絡がありました。どうやら申請のときに一緒に渡した手紙を読み、これはヤバイと思ったのか。。。はわかりませんが、横浜市の近場の心療内科と公費負担のことを教えてもらいました。そして私の体のことを心配していました。何事だよ!!と思いながこんなこともあるんだな~と驚きました。 結果がくる2,3日前から薬を飲んでいるにもかかわらず不眠と怖い夢、総長覚醒が起きてしまい、本当に寝られる日がありませんでした。 そして1ヶ月以上待って申請結果が送られてきました。毎日のようにドキドキしながら家のポストの中を見ては落胆していました。そして絶対に今日だと思ったのが2月最後の土曜日でした。2、3日前に保健福祉センターに確認して金曜日発送ということを聞いていました。土曜日、その日はお昼まで仕事でした。家に帰ってドキドキしながらポストを覗くとありました。 茶色い封筒。。。それは私が毎日気にしていたものでした。階段登りながら開けてみると・・・ 保育所内定通知書 と書いてあります。まあ、ここはほんの30%ぐらいのうれしさで、どっかの認可保育所にひっかかってよかったなという感じでした。 その下にアヤの通っている第一希望の保育園の名前がありました。このとき何回みても字はかわらないし、夢を見ているどころかもう妄想の域にまで達していました。主人に何度も確認してもらい、あやとまなが同じ保育園に通えることがわかりました。 でも、実感がわいてきたのは説明会のときでした。 やっと2年以上の通園に時間をかけてきたものが実となりました。 ジャンル別一覧
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